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東京家庭裁判所 昭和57年(家イ)2582号 審判

本籍 愛知県 住所 東京都葛飾区

申立人 工藤盛一

国籍 無国籍 住所 台湾

相手方 姫秋華こと工藤秋華

主文

申立人の相手方に対する認知は無効であることを確認する。

理由

一  申立人は主文同旨の審判を求め、申立ての実情として、「申立人は相手方の母姫月清と昭和五六年五月二日婚姻したが、その際相手方の将来を考えて、昭和五六年五月四日に相手方を認知しその届出をした。

しかし相手方は申立人の実子ではなく、姫月清の婚姻外の子である。

そこで前記認知を無効とし、新たに養子縁組をなすため、本件申立てをしたものである。」旨述べた。

二  本件記録中の資料によれば、申立人は肩書地に居住する日本人成年男子であること、相手方は一九七五年六月三日に出生した男子で現在中華民国台湾省に居住しているが申立人に認知されたことにより中華民国籍を喪失し無国籍であること、相手方法定代理人は中華民国籍で相手方と共に肩書地に居住しているが、現在は来日し本件申立てに応じて当裁判所に出頭していることが認められる。

上記事実によれば、本件はいわゆる渉外親子関係事件であり、まずその国際的裁判管轄権が検討されねばならない。

子の認知・認知無効・取消しなどの親子関係事件についての裁判及び審判の管轄権については我国には明文の規定は存しないので、条理に基き判断するに、かかる親子関係事件の管轄権は専ら当事者の住所を基準として決すべきであり、当事者の住所地国が異なる場合には相手方(被告)の利益保護の見地から原則として相手方の住所地国に管轄権を認めるべきであるが、例外的に申立人(原告)の住所地国にも管轄権を認めるべき場合があると解する。

本件では、相手方の住所地は台湾であるが、相手方法定代理人が、日本に住所を有する申立人の申立てに応じて我が国で裁判あるいは審判をうけることに合意し、調停期日に出頭していることが認められるのであつて、かかる場合には申立人の住所地国である我が国にも裁判管轄権を認めるのが相当である。

三  次に認知無効につきその準拠法を考えるに、認知無効の問題は認知の実質的・形式的要件に欠缺があるか否かの問題と解されるから、認知成立の準拠法に従うべきである。従つて法例一八条一項により解決すべきところ、法例一八条一項によれば、父である申立人については日本法が、子である無国籍の相手方については認知の当時その属する国の法律であつた中華民国法が、それぞれ適用されることになる。

四  まず父たる申立人に適用される日本法に関しては、いかなる場合に認知が無効であるかにつき民法に明文の規定はないけれども、真実に反する認知(民法七八六条参照)が無効であることは一般に認められているところであり、かかる場合には認知者自身もその無効を主張しうるのである。そしてこの認知無効の主張は、人事訴訟手続法二七条、家事審判法二三条等に定められた手続に従つて裁判あるいは審判により確定される。

一方、相手方に適用される中華民国民法においても、認知無効を直接定めた明文の規定はなく、わずかに中華民国民法一〇六六条において「非婚生子女或其生母、對於生父之認領、得否認之」と定めるのみであるが、解釈上、この規定は無効の一事例を示すものであつてこのほかにも真実に反する認知を含め認知の無効を主張しうる場合があることが認められている。そしてその無効の主張は中華民国民事訴訟法五八五条の規定に従つてなしうるのである(載炎輝著「中國親屬法」中華民國五七年五月刊行二二四ページ。陳棋炎著「民法親屬」三民書局印行二〇二ページ参照)。

そうすると日本、中華民国いずれにおいても認知の無効を裁判上主張することが認められていることになり、その手続は法廷地法に従つてなしうるから、結局本件申立ては家事審判法に基づいて当裁判所において審理することとする。

五1  昭和五七年六月二四日の本件調停期日において、申立人及び相手方法定代理人との間に主文同旨の審判をうけることにつき合意が成立し、その原因事実の有無についても当事者間に争いがない。

2  本件記録中の資料、家庭裁判所調査官の調査報告書、申立人及び相手方法定代理人の各審問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

申立人は昭和五四年一一月下旬に台北へ観光旅行をした際相手方の母である姫月清と知合い、帰国後も文通を続けていた。昭和五五年五月及び同五六年四月には姫月清が来日し、それぞれ約一ヶ月間、申立人のアパートで同棲生活をした。そのような交際を続けた後、両人は、一九八一年(昭和五六年)五月二日に台湾台北地方法院で同国の方式により婚姻した。

当時姫月清には姫秋華(本件相手方)という非嫡出子がいたが、申立人は将来姫月清ともども日本に呼び共に生活するつもりであつたので、それには日本人の子となつているほうが出国し易いであろうと考え、相手方を自分の子として認知することにした。認知は一九八一年五月四日に台北地方法院公證處で法定の方式に則つてなされた。

しかしながら相手方は申立人の実子ではない。そのことは(イ)相手方の母姫月清は約八年前に、ある男性と交際していたが、その結果妊娠し相手方を出産したものであること、(ロ)相手方は一九七五年六月三日に熟産で出生したので、姫月清が相手方を懐胎した時期は一九七四年八月頃と推定されるところ、その頃には申立人が海外へ出国した事実及び姫月清が来日した事実はなく、従つて姫月清が申立人の子を懐胎する可能性は全くないこと、等の事実からも明らかである。前記認知は真実に反するものである。

申立人が認知したことにより相手方は父の姓に従い工藤秋華となり、一九八一年一一月二八日、中華民国国籍法一〇条二号に従い国籍を喪失した。そして学齢期に達した現在も無国籍のため就学できない状況にある。申立人は真実に従い前記認知を無効としたうえ、改めて相手方と養子縁組を結びたい意向であり、母の姫月清もこれに賛意を表わしている。

以上の事実が認められる。

3  上記認定の事実によれば、原因事実は真実であつて、当事者間の前記合意は正当である。

六  以上の通りであるから、当裁判所は家事調停委員澤木敬郎、同板橋志津子の意見を聴いたうえ、家事審判法二三条により主文のとおり審判する。

(家事審判官 島田充子)

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